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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)9244号 判決

原告 有限会社日本酒新聞社

被告 広瀬力一

主文

被告はその発行する新聞紙に日本酒商新聞なる題号を使用してはならない。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(当事者双方の求める裁判)

原告等訴訟代理人は

主文第一、三項同旨並びに「被告はその発行する新聞紙に別紙〈省略〉目録記載の広告を引続き三回掲載せよ」との判決を求め、

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。

(原告の請求原因)

(一)  原告は指定商品を第六六類新聞とする登録番号第二四六、五九四号の「日本酒新聞」なる登録商標権者である。

(二)  原告は右商標を原告の発行する新聞紙の題号として使用しているが、この新聞紙は酒類醤油、味噌、食料品罐詰等の製造販売業者を対象とするいわゆる業界新聞(旬刊)であつて、既に数十年の歴史を有し前記業界においては著名である。

(三)  被告は日本商業通信社という名称を用いて原告発行の前記新聞と同一の業界を対象として「日本酒商新聞」なる題号の新聞紙(週刊)を発行している。

(四)  被告発行にかかる右「日本酒商新聞」は原告発行の前記「日本酒新聞」とその題号の称呼及び外観が類似するため、前記業界において両者を混同誤認する事例が屡々起り、原告は多大の損害を蒙つている。

(五)  そこで原告は被告に対し「日本酒商新聞」なる題号の使用停止を求めたが被告はこれに応じない。

(六)  よつて原告は、前記商標権に基き、被告に対しその発行する新聞紙に「日本酒商新聞」なる題号を使用しないこと、並びに右商標の使用により原告に生じた損害を賠償するため請求の趣旨記載のとおりの謝罪公告をなすべきことを求める。

(被告の答弁)

原告がその主張のとおりの業者を対象とする「日本酒新聞」なる業界新聞の発行者であり、被告が右と同一の業界を対象とする「日本酒商新聞」なる業界新聞を発行していること、原告から被告に対し、右「日本酒商新聞」なる商標の使用停止の申入があり、被告がこれに応じなかつたことはいずれも認めるがその余の事実は争う。原告の商標「日本酒新聞」と被告の商標「日本酒商新聞」とは次のとおり相違点があるので混同誤認されることはない。即ち原告のそれは「日本酒新聞」被告のそれは「日本酒商新聞」であり、前者に行書、後者は変形書体で書きあらわされ、しかも被告の商標には原告の商標には全然ない旭光図形及び題字の両側に醤油味噌飲料食料品調味料壜罐詰等図形記号的文字が配せられ、題字の上側に週刊なる凹版文字が表示されている外題号欄の直下に広瀬力一主裁と明記されており類似とはいえない。

仮に右商標の外観が多少類似するとしても、この種の業界新聞は講読者の広告料等を主な収入源としており、講読者は常に発行者の個性を問題とするのであるから、取引の実際より見て誤認の虞はない。

〈立証省略〉

理由

原告が「日本酒新聞」なる商標を用いて、酒類、味噌、醤油、食料品、壜罐詰の製造販売業者を対象とするいわゆる業界新聞を発行していること、被告が右と同一業界を対象とする「日本酒商新聞」なる業界紙の発行者であることについては当事者間に争がない。そして成立に争がない甲第一号証の一、同第三号証の一、同第四号証の一ないし四に弁論の前趣旨を綜合すれば原告の「日本酒新聞」なる商標は原告が昭和八年九月二〇日登録第二四六五九四号として登録を受け、更新登録を経て現在原告がその商標権者であることが認められる。そこで進んで原告の商標と被告のそれとが類似するか否かについて判断することとする。商標法上商標の類似とされるには、その外観又は称呼が類似するか若くはその観念が同一であれば足り、これが類否の判定はいわゆる離隔的観察によるべきものと解すべきである。成立に争がない乙第一号証の一ないし三によれば問題となつている二個の商標の要部はいずれも文字により構成されていることが認められ、「日本酒新聞」と「日本酒商新聞」とは字体配列はともかく文字数は僅に一字の差異あるに過ぎず、しかも「商」の一字はこの二個の商標のいずれにおいても特段の意味があるものとは解せられないから、両者を直接比較するときは、何人もその相違することが明らかであるけれども、これを各別に時と所を異にして観察するときは、右の如き両者の差異をただちに認識することは困難であつて、両者を混同誤認する虞れのあるものというべきである。

被告の商標は題号の上に週刊と明記せられ、題字の両横に醤油、飲料等の飾文字が下には旭光の図形がそれぞれ存在し、原告の商標にはそれらが全然存しないことも明らかであるけれども、新聞紙の如き商品においては、需要者は必ずしも正確に商標全体の外観を想起し得ないものであつて主としてその題号のみにより取引することが通常であるから右の如き付随的な文字又は図形文様等の存在は未だもつて前記認定を覆えすに足らない。

そうだとすれば右二個の商標は、外観上、混同誤認の虞があることとなるから商標法上類似の商標であるといわなければならない。

被告はたとえ外観上原告の商標と被告のそれとが類似しても、本件のような業界新聞にあつては発行者の個性を重視して取引されるものであるから誤認の虞れはないと主張するが、これを認めるに足る何等の証拠もないから被告の右主張を採用することはできない。

従つて被告は原告所有にかかる商標に類似した商標を使用することにより原告の商標権を侵害したものというべきであるから原告は被告に対し右行為の禁止を請求し得るものといわなければならない。

原告はなお、被告に対し謝罪広告をなすべき旨求めているけれども、商標権の侵害は当然に商標権者の営業上の名誉信用を毀損したものということはできないから、被告の前記行為によつて原告がその営業上の信用を失墜したり、取引高の減少を来した等原告に損害が生じたことについて、何等主張立証のない本件においては、原告が、被告に対し、その発行する新聞紙上に謝罪広告を掲載すべきことを求める部分は失当として棄却すべきである。

以上の次第であるから原告の本訴請求は、被告に対し、本件商標の使用禁止を求める部分に限りこれを正当として認容し、その余の部分を棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九二条但書の規定に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 花淵精一)

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